苦しい生活


野口雨情が29歳のときに、母・てるが亡くなった。
北海道から地元に戻り、新聞や雑誌を作ろうとするが、 自由に発行ができない時代であった。
 
仕方なく炭鉱の事務員や杉苗を植える仕事をすることに。
山の中腹に植えられた杉苗に、 雨情は遥か遠い谷山から弁当箱で水を運んで注いでやった。
働くことで実生活はなんとか軌道に乗せることができ、 その間も文学から遠ざかるわけではなく、夢中で詩作することも多かった
徹夜もめずらしくないほどに、 もう朝だと言っても聞かないほどに雨情は詩作にのめりこんでいた。
 
こうした生活の中で雨情は芸者の明村まちと 浮気をするようになってしまい、妻・ひろとは離婚。
しかし子供はお母さんであるひろが大好きだったので毎日泣いて暮らし、 長男は家出してひろのところまで行ってしまうこともあった。

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